たびたび話題になるIT業界の多重下請け構造問題を整理した。
私自身、IT業界で10年以上身を置く者のため自分の経験や考えをつらつらと書くこともできるのだが、今回はそういった所感は一切排除して客観的に問題を整理する。
なお、整理にあたっての情報元は経済産業省をベースとしている。
目次
多重下請け構造とは
まず最初に言葉の意味合いを確認しておく。
多重下請け構造とは、発注者(ユーザー企業)から委託された業務が元請け企業から二次請け企業そしてさらにその下層へと流れていく構造である。
IT業界における下請けは「請負契約」と「準委任契約」の2種類。
1.請負契約
成果物(システム含む)の完成を約束する契約で、期日までに成果物を納めることで報酬が支払われる。
開発システムの一式が成果物となることが多い。
2.準委任契約
成果物の有無ではなく、業務遂行にて報酬が支払われる。
システム開発工程におけるユーザーが主体となる要件定義や運用テストなどの支援として技術力(労働力)提供する場合が多い。
委任契約 :法律行為を伴う業務。訴訟代理人等
準委任契約:法律行為以外の業務。IT業務支援等
多重下請け構造の問題点
問題点(請負契約の例)
上記は極端な例だが、ユーザー企業から委託された開発業務が四次請け企業にて行われるケース。途中階層の企業が自社取り分(管理コスト)を差し引いて下請け企業に案件を丸投げしている例である。
開発費用が圧縮されることから末端のエンジニアの報酬はどうしても少なくなってしまう。加えて予算ギリギリの状況のため、問題が発生した場合に要員追加ができず、既存要員の長時間労働につながる可能性がある。
問題点(準委任契約)
こちらも極端な例だが、ユーザー企業から委託された作業を四次請けエンジニアにて行うケース。
ユーザー企業が作業支援を求めた場合、元請け企業に適したエンジニアがいなければ下請けの二次請け企業からエンジニア調達する。二次請け企業にもエンジニアがいなければ、三次、四次と下がっていくことになり、その際に自社取り分(管理コスト)が差し引かれてしまう。
ユーザー企業は120万円分の価値を期待しているために、エンジニアは自身の単価以上の働きをしなければならない。
経済産業省の見解
経済産業省の調査結果によると、こういった多重下請け構造が業界の疲弊へと繋がっていると述べている。
多重下請け構造による影響
・景況不況による開発案件増減の調整弁となった多次請け協力会社の労働環境、雇用条件、待遇が悪化・SI業界を中心に、「ブラック企業」、「デジタル土方」、「デスマーチ」、「新3K」のイメージが醸成
・業界全体にネガティブなイメージが蔓延し就労先としての魅力が低下、新卒学生がSI業界を敬遠
多重下請け構造が続いてきた原因(背景)
経済産業省の調査結果に多重下請け構造が形成された背景が記載されている。
多重下請け構造が形成された背景
1)1980年代、企業向けのシステム開発が拡大し、エンジニアの需要が急速に高まった。2)エンジニア需要の上昇に合わせて中小企業が多く参入した。(初期投資費用の低さから参入障壁が低い事業)
3)しかし、ユーザー企業からの発注は信頼のおける大手IT企業に偏ったため、中小企業は下請け・孫請けの業務が主体とならざるを得なかった。
つまり、システム開発の需要に合わせてエンジニア(労働力)を確保するために多重下請け構造が必要だったのである。
多重下請け構造の違法性について
多重下請け構造について法律面を整理してみた。下記は根拠とした経済産業省の記載である。
請負契約は原則として再委託可能
完成物に対して責任を負う「請負」契約の場合は、民法上、原則として、受注者による再委託ができるとされています。「請負」契約は、仕事を完成させることを目的とする契約であるため、その仕事を誰が完成させても、その仕事が完成していれば問題ないということです。ただし、「請負」契約の場合でも、品質やセキュリティの確保のために、再委託を制限する契約条項が設けられ、その原則が修正される場合があるため、注意が必要です。準委任は原則として再委託不可
「準委任」契約の場合は、民法上、原則として、受注者による再委託ができないと解されています。これは、「準委任」契約を含む委任契約が、委任者(発注者)と受任者(受注者)との信頼関係を基礎として成立するものであるため、受任者(受注者)が他の事業者に業務内容を再委託すると、委任者(発注者)からの信頼を裏切ることになるからです。ただし、例外として、委任者(発注者)による承諾を得た場合は、再委託することができるとされています。
上記の記載から分かるように、法律上は
・「請負契約」は再委託可能
・「準委任契約」は原則として再委託不可(委託元の合意があれば可能)
となっているようだ。
また、2021年2月時点では丸投げの再委託も禁止されていない。
行政機関における対策
取引の適正化に向けて、2020年12月22日に経済産業省が「情報システム・モデル取引・契約書 第二版」を公開した。分かりやすくいうと、契約書の”ひな型”である。
つまりこの対策は、契約書の”ひな型”の提供にて企業間取引の適正化を図ろうとするもので、第7条に再委託の丸投げを禁じる旨が書かれている。
(なお、再委託そのものはシステム開発を行ううえで必要だと判断されている)
丸投げ禁止の趣旨から、本契約ではベンダが個別業務の全部を再委託することは認めない
(中略)
インターネット関連やオープンソースなどソフトウェア開発技術の裾野の拡大とスピードアップのため、単一のベンダが大規模なソフトウェア開発を行うことは非現実的
丸投げの法律改正はできていないものの、可能な範囲での取り組みをしようとしている様子は窺(うかが)える。
ただ、ひな型の提供で丸投げ防止にどれだけ効果があるのかは不明。
各企業における対策
日経BP社の取材で、大手から中堅SIerまでが3次の下請けを禁じる「再々委託の禁止」の規則を導入していることが分かっている。
上記の表は2009年の取材結果のため、現在は更に多くの企業が多重下請けを禁止しているものと考えられる。
要点まとめ
多重下請け構造について、経済産業省の調査結果を中心に紹介してきた。さいごにポイントを整理する。
・労働環境、雇用条件、待遇の悪化
・業界の魅力低下によるエンジニア不足
といった社会問題となっている。
■再委託そのものは大規模システム開発に必要不可欠。
■経済産業省は対策の1つとして、契約書の”ひな型”にて丸投げを禁止する旨を記載している(法律上は禁止できていない)
■再々委託を禁止する大手・中堅SIerも増えている
多重下請け構造問題を整理してみて多少なりともの動きはあることが分かった。だが、問題を解消するほどの大きな動きはないように感じる。
今後も動きがあれば追記していこうと思う。
参考文献
経済産業省『情報サービス・ソフトウェア産業における下請取引等に関する実態調査』
経済産業省『情報サービス・ソフトウェア産業における下請適正取引等の推進のためのガイドライン』
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